スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

覚醒するとはシンプルなもの

昨日は目覚めている、目覚めてきていると感じられる方々と一緒に座り、共鳴をしていました。始まる前からすでに意識の目覚めが感じられ、それはそこに存在することを感じていました。地球を意識すると地球が感じられ、個々人と対面していくとその人それぞれの実存が感じられましたが、段々と明確な違いもなくなっていき、そこにシンプルにただ在るというようになっていきました。


以前はよく行をしたり瞑想したりしていて、ダイナミックな体験や、強烈なものを求めていましたが、そういう欲求が次第になくなっていき、今では体験や感じられることも非常にシンプルになっています。そして覚醒とはそういうものだということがはっきりしてきました。


一人で瞑想したり、大勢の人と共に瞑想したり共鳴していると、エネルギー的なものを感じることが多かったですが、近頃ではそれも真我や空の一側面に過ぎず、エネルギーの根本、エッセンスというものを体感しているように思えるのです。初めは強烈なエネルギーを感じたりするものですが、次第にそれも落ち着いていき、微細なものとなり、最終的には根源に触れただ在るという状態になっていきます。


ディズニーランドには多くの人が訪れます。そこでは五感が常に刺激され、夢のワンダーランドが展開されています。多くの人がそういうことを求めているから、ディズニーランドには人が絶えず訪れます。しかしそれはあくまでも幻想であり、そこに本質はありません。そういった夢のワンダーランドから離れていく人も、まだ少ないですが少しずつ増えてきています。目覚めてくるとディズニーランド的なものから段々離れていくのです。


しかし、真の覚醒はそういうものから単純に離れたり嫌悪したりするのではなく、それはそれで受け入れ、しかしそれに引きずられることはなく、シンプルにただここに在るのです。そのことを昨日は改めて思い起こさせてくれました。このような機会があることにとても感謝の念がわいてきます。

いついかなる時でも

先日に知り合いとカラオケに行き、かなり大声を出して絶叫し、頭が真っ白になった。一種の酸欠状態だったかもしれないが、人が歌っている間は、あまり思考も浮かんでこずに、ただそこにあるという状態だった。


そして歌う時には一転して、ひたすら大声で歌った。私は歌がうまくはないが、声は大きく出るしよく通る。それはヨガで呼吸法を行ったり、丹田を鍛えていたからだろう。


その時はあまり寝ていなかったのもあり、意識も半ば朦朧としていて、いつも以上に深い意識に入っていた。それで絶叫していたから、完全に変性意識状態だった。それでもどこか覚めていて、気づきは保っていた。


静かにしているだけが目覚めに至るわけではなく、もちろん騒いでいるだけではどうしょうもない。またカラオケなどは聖なる場所というよりは俗なる場ということになるだろうが、そこでも目覚めに至ることが可能だと思う。聖なる場は確かに存在し、そういう所に行くのは大切だが、それが全てではない。覚醒する時は、いついかなる状況でも起こり得る。

仕事中にも起こる

私は仕事柄、一人で立っていたり、座っていることが多い。その際は仕事中であるから、完全に意識を内面に向けているわけにはいかない。そうしてしまうと仕事にならない。しかし最近は仕事中でも自然に瞑想状態に至ることが多い。意識的に座って瞑想していくのではなく、日常生活においてそれが起こるわけである。


これは他の場面でもあり、人と話していて、相手の話を聞いている時にもそうなることが多くなっている。それが起こる時は、人と接していようが、体が動いていようが関係なく起こる。一人静かに座していないと瞑想できないということは全くない。


ワンネスとは特殊なものではなく、今この瞬間、常にここにある。外側にわざわざ探し求めるものでもなく、特別な人だけが理解するものでもない。誰にでもそれを理解し体得する可能性はある。しかし、私達はそれをわざわざ難しくしてしまっている。


それは特別なものであるという錯覚であり、自分とは遠いところにあるという思い込みが、それが起こることを困難にしている。厳しい修行の結果、それを得ると思う人も多い。しかし実際は、日常生活で起こることであり、それを多くの人が一瞥している。ただそれに気づいていない例が多い。


今までは確かに覚醒していくことは難しかったが、何人かの人が言っていることであり、私も感じているのは、今までよりも今は、目覚めが起こりやすくなっている。まだ多くの人がいきなり目覚めるという事態が起こるとまでは思わないが、以前よりもずっと目覚めに関心を持つ人も増えてきており、それも起こりやすくなってきている。世の中がお先真っ暗で悲観的になったり、絶望している人もいるが、それはまだ早いだろう。もちろん単純に楽観視もできない。ただ淡々とあるがままてあればいい。

日程の変更


先月お知らせした今月の瞑想会ですが、日程に変更等がありますのでお知らせします。


二回行う予定でしたが、4日は都合により中止となりました。そして17日は18日になり、開始時間も15時からが16時からとなりました。参加希望される方はご連絡下さい。


以下に詳細を記載します。




☆目覚めをうながす瞑想会



目覚めるとか覚醒するというと、何か特殊なことのように感じられるかもしれませんが、それは何ら特別なことではなくごくごく当たり前のことです。そのことを瞑想だけではなく、身体技法や神聖なる音、恩寵のエネルギー、なども用いて、少しでも目覚めをうながしていくお手伝いができればと思っています。


目覚めてくることで、本当の自分がわかってきます。「私は誰か?」「私はどこにあるのか?」それらの答えを見いだすのに最適の手段の一つが瞑想です。この場では瞑想のエッセンスをお伝えできるように組み立てています。


瞑想はシンプルで本質的なものを行いますが、初心者から慣れた方まで誰でも取り組めます。目覚めや覚醒というものに関心のある方はもちろんですが、単に瞑想したいとかリラックスしたいという方にもお越しいただければと思います。



◎場所 SpiritCompany 渋谷区千駄ヶ谷5-16-2-106JR 代々木駅東口5分
    http://spirit-company.com/access.html




◎日時 11月18日(日)午後4時~7時


◎費用 3000円

     

参加希望される方はメールフォームにてご連絡ください。

続きを読む

みんなと共に在る

昨日は8時間ほどのリトリートに参加してきました。日常が瞑想となりつつありますが、時には仲間と集ってよい場で瞑想したり共鳴したりするのも大切です。それによってより目覚めが深まっていくのを実感します。


一番最初の瞑想では、意図的に考えることを止めてみるように言われ、近頃は無理に思考を止めたりしようとすることもなかったのですが、久方ぶりにそれをやってみると、マインドの動きがはっきりと分かり、いったんは思考や感情が色々とわきあがってきましたが、静まるのも早かったです。以前なら無理に止めようとするとかえってひどく思考が湧きあがってきましたが、本来の存在、プレゼンスというものを掴めるようになってきてからは、思考の動きに惑わされることが少なくなり、思考もすぐに静まるようになってきているのが分かりました。


その後も瞑想を続けていると、本来の存在、プレゼンスがどんどん広がり、輝きを増していくのが感じられました。最初は小さな目覚めから、より大きく深い覚醒へと発展していくのがよくわかりました。単なるエネルギー体験というより、存在そのものを感じている気がしました。目覚めのエッセンスを体験しているように思え、これは中々面白い、もっと続けたいなと思っていると、瞑想が終わりました。それはわずか5分か10分間での出来事でした。


休憩時間も長くありましたが、その間に都内にしては自然に恵まれたところを散策し、神聖な氣に触れることができました。昨日は雨が降りましたが、休憩時間はちょうど雨も上がり、傘をささずに歩けました。晴れた日に歩くのは当然気分の良いものですが、雨上がりの時は晴れている時とまた違う氣を感じ、これもいいものだと思いました。瞑想してから自然の中にいると、瞑想の体験が定着してくる感じがします。


午後の瞑想が始まる前から強いエネルギーを感じ、これは少ししんどくなるかと思いましたが、アクティブな瞑想を行い、それでエネルギーがうまく昇華されたようで、それからしんどくなることもなくなりました。静かにただ在ることが最も大切ですが、体を動かしたり、呼吸に意識を向けるなどのことも大切であることを再確認しました。


アクティブな瞑想の後は静かに座り、呼吸に意識を向け、気づきを明確にし、分かる人は沈黙のスペースと共に在り、溶け込んでいくように言われましたが、私は最初から沈黙のスペースを感じ、そこに溶け込んでいきました。自分一人でもよくそのスペースを感じますが、大勢の人とともに在ると、また違った体験が生じます。その時には透明で静かでありながら、ほのかな温かみも感じていました。そこに集う人たちで、感じ方も変わってきます。しかし根本はみな同じであると思います。


それから行ったハートの瞑想では、私もよくハート瞑想の時に使う音楽が流れ、それとともにハートが開いていきました。その開き方は自然に起こり、いつの間にか開いていたという感じでした。音楽が終わるとアティーシャのハート瞑想に移り、これも何度も行っている瞑想ですんなりと行えました。悪いと思われたり感じられるものを呼吸と共に取り入れ、それがハートで光の、愛のエネルギーと変容され、それを吐く息とともに周りに出していきます。それを行っているとハートがどんどんと広がっていき、ハートのスペースと共にただ在りました。この瞑想を行うと、愛を感じたり、浄化の涙が出るという人も多いのですが、私は「全ては愛だ。素晴らしい!」などと感激をすることもなく、ただハートのスペースとともに在りました。それはとても穏やかで落ち着いたものでした。そこには一切の区別というものが生じていません。それこそがまさしく私たち本来の在り様です。


最後の瞑想では今日行ってきたこと全てが一つとなり、今ここにただ在り、気づきとくつろぎとハートが一体となっていました。前日あまり寝ていなかったので、瞑想や共鳴中はひどく眠くなるかと少々心配でしたが、多少意識が飛んでしまうこともありましたが、基本的には意識は鮮明で、とてもすっきりしました。長めの瞑想で疲労を感じている人もいましたが、私にとってはこんなに楽でいいのかと思えるくらいで、なおかつ激しい行や瞑想を行う以上の成果があり、もはや覚醒するには厳しい修行が必要であるとか、何日もの瞑想が欠かせないといった今までの私の常識は完全に覆されました。


終わってからの懇親会では美味しいイタリア料理にビールやワインを嗜み、そこでも色々と興味深い話ができました。解脱や悟りを求めている人たちにはストイックなタイプも多く、私もかつてはそうでしたが、そうしたところで悟れるというわけでもなく、楽しみつつ目覚めていくのがこれからの流れではないかと感じられました。


このような機会が与えられたことに感謝し、また参加できる時には参加したいと思います。
最新記事
プロフィール

唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最新コメント
最新トラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。