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仏性とは

いかなる言葉もそれを表現することはできない
いかなる喩えもそれを指し示すことはできない
輪廻がそれをより悪しきものにすることもなく
涅槃がそれをより良いものにすることもない
それは生まれたこともなく
死んだこともない
それは解き放たれたこともなく
欺かれたこともない
それは存在したことがなく
存在しなかったことがない
それはいかなる限界もなく
いかなる範疇にも属さない

ドゥジョム・リンポチェ


深遠にして静謐、複雑さとは無縁
混ざりものとてない、輝く透明さ
概念的認識の心を超えたもの
これが勝利者(覚者)たちの心の深さである
そこには取り除かれるべきものもなければ
つけ加えるべきものもない
ただ清らかなるものが
ゆったりと事故を見つめているだけ

ニョシュル・ケンポ・リンポチェ




夢、夢のあと

私はその時いた場所では、何か不穏な空気に包まれていた。いつもはそこにいない者達がいて、そこの雰囲気を著しく阻害していた。私は何か厭な予感がした。そいつらはまるでテロでも企てようとしているのではないか、という波動を出していたのだ。


そして私はそいつらに呼び出され、ボスらしき人物の前に連れて行かれた。ボスらしき男は半裸のスキンヘッドで、とても引き締まったマッチョな体をしていた。益々厭な予感が強まっていると、私を連れてきた男が、ボスに体を提供するように言ってきた。


それを聞いたとたん、様々な思考が瞬時に駆け巡った。「これはまずいことになった」「しかし、無理な抵抗ができる状況ではない」「肉体的に痛いだろう」「何よりも精神的な屈辱感はどれほどのものか?」しかしそれらの思考が瞬間的にふっと止まり、私にある気づきが訪れた。


「これは夢だ」


その瞬間、私の意識は仕事場の仮眠室に戻ってきた。それは私が仮眠中に見た夢だったのだ。夢と気づいた瞬間、今まで駆け巡っていた思考や感情は跡形もなく消え去った。そして私はまた仮眠をとり、今度は夢も見ることなくぐっすり寝た。


夢の中では、完全にそれが現実となっている。いかに支離滅裂であっても、それを受け入れてしまう。そして多くのケースでは、夢の中で「これは夢だ」と気づくことはあまりない。しかし私はまれに気づくことがあり、大概はそこで目が覚める。中には夢の中で夢を認識し、夢をコントロールする人もいる。私はその経験はあるが、それよりも目が覚めてしまうことの方が多い。


夢の中ではまさにそれが現実で、夢から覚めると「ああ、夢だったんだ」とほっとしたり、もっとその中にいたかったと、私たちは感じる。しかし、夢を夢と認識する経験をな何度も行うと、果たして普段目覚めて現実と思っているこの世は果たして本当に現実なのだろうか?という思いが生じてくる。


実際のところ、私たちは普段覚醒していると思っていても、まだ眠っているようなものである。肉体や思考や感情といったものにとらわれ、来ては去っていくものに心を奪われている。「これが私だ」と思っていることが実はそうではなく、本当の私に気づいてくると、私たちが普段でも夢を見ている状態にあることがわかってくる。


本当の私に気づくのは、本来は難しいことではないが、あまりにも普段の思考や感情にとらわれている私たちにとって、それは容易なことではなくなってしまっている。少なくともそれは複雑怪奇なことではなく、ごくシンプルなことである。だが「私はこうである」「私はこれこれである」という思いが強すぎて、それがそうは感じれなくなっている。


本当の私に気づこう気づこう、と思いこんでもなかなかうまくはいかない。それもまた思考の産物であるからである。無理に思いこむのではなく、普段「これが私だ」「私はこうだ」という思いに疑問を持ってみるのがまずはいいかもしれない。瞑想などを行うのが気づきの手助けにはなるが、誰でもすぐに取り組めるものではない。その点睡眠中に夢を見ることは、多くの人がしていることであり、夢の中では現実そのものというのは、夢を見れば誰でも体験する。こういうところからも気づきは生じてくる。


ただし、この世は夢なのだから何をしてもいいとか、所詮はかないものだと厭世的になるのはまた違う。それではやはり思考や感情に取りつかれている。夢にも現実にもとらわれず、ただ在ればそれでよい。

長い間の勘違い

昨日は定期的に参加している瞑想会に行って静かな一時を過ごしましたが、直前まで体が少々だるく、意識が不鮮明で瞑想がしにくいな、と思っていたのですが、瞑想会が始まる前に静かに座っていたら、次第に体が軽くなり、意識が鮮明になっていきました。以前からわかっていたことですが、多少の心身の不具合でも静かに瞑想していると回復していくことを、改めて実感しました。多少の心身の不具合で瞑想会などを欠席してしまうケースもありますが、それは何とももったいないことです。


それだけではなく、今回は新たな気づきがありました。それは私は何年も前から目覚めるとか、I AMといったことをすでに体験していたのだということです。しかし当時はそれらをとても特殊なことのように思いこんでおり、「これがそれなのだ」ということを理解していなかったのです。そのことを今回は思い知らされました。


私たちは悟るというと、勝手なイメージで悟ったらこうなる、という思い込みを抱いています。しかしそれは誤りで、それはごく当たり前のことだったのです。悟ったらこんな力がつくとか、至福に満たされるとか、一切動じなくなるとか、そのような思い込みも全て勝手に貼りつけたレッテルであり、それらがはがされたところに目覚めがあります。


私は回り道をしてきましたが、それはそれで意味のあることだと思うし、これから気づいてくる人は、私などより時間もかからず楽に気づいてくるでしょう。そのような流れが起こりつつあるように瞑想会に参加していて感じました。

目覚めにもとらわれない

ワンネスやI AMの体験をしていくと、それが特別なことでもなく、ごく当たり前にずっと存在していたことであることに気づいてきます。しかし、日常に埋没されてくると、そのことを忘れがちです。そしてそのことを思い起こそうとと焦ったり、取り戻さないとという脅迫概念じみたものが生じてきたりします。


昨日参加した瞑想リトリートで、いつもと同じような瞑想体験や共鳴が起こりましたが、その時に「これは普段からも体験していることであり、リトリートだから特別に起こっていることではないのだ」と気づきました。知らず知らずのうちに、瞑想会やリトリートなどで体験することを特別視してしまうことがあり、それは日常と非日常の区別を生じさせ、ワンネスやI AMを特別なものとしてとらえてしまうことになっていました。


しかし、昨日の体験で、それは常にここにあり、特別視するものでもなく、それを追い求めてとらわれてしまうものではないことに改めて気づかされました。これは私にとって大きな気づきでした。


気づきを得るために様々なワークショップやセミナーに参加し、気づきがあってからもそれを失わないように同じことを繰り返したりしましたが、そういうことをする必要も本来はないのです。そのことに気づくために色々なことをする必要がある場合もあります。しかし、最終的にはただここにあればいいのです。

時代は変わる

先日にスカイプを通じて、Hさんとお互いに瞑想をしました。Hさんは二年ほど前から私のブログを読んでいただいており、数日前連絡があり、いくつかのやり取りを経て、一緒に瞑想しましょうという話しになりました。


スカイプがつながって、お互いに沈黙して座っているとすぐにマインドが静まっていき、静寂の空間が広がっていきました。今までも似たような体験はしていましたが、それとはまた違う質のものでした。30分ほど座っていましたが、とても静かでそこにただ在るという状態が持続していました。


瞑想が終わってからしばらくHさんと話をしましたが、お互いに真我のレベルで共鳴し合っているのを感じていました。今後もスカイプでの共鳴を行ったり、実際にお会いしたりしましょうということになりました。スカイプを切ってからも、私の内面は静かな喜びに満たされていました。


今までは悟るとか覚醒するというと、厳しい修行や瞑想を長いこと続けて、ようやく目覚めていくというものだという思いがありました。それはとても遠い所にあり、特殊なことであり、とても難しいものであると。


しかし、時代は変わりつつあります。


知り合いの中でも、最近は意識の変化が速くなってきている、という人が増えており、それが少しずつではありますが、伝播してきているようです。またスカイプなどの影響で、空間的距離が離れていても、互いに共鳴が起こることが可能となっており、今までの概念が覆りつつあります。


今の時代は確かに混迷の極みではありますが、恩寵も確実に降りてきているようです。
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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