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ゾクチェンの教えより   ゾクチェンとはどういうものか?

ナムカイ・ノルブ・リンポチェ著、「ゾクチェンの教え」から抜粋したものに、私が思うことを書いていきます。私はゾクチェンに関心がある者ですが、ゾクチェンを理解したり、悟っているということはありません。ただ直感的に、自分はゾクチェンと縁があるのではないか、という気がします。それも妄想かもしれませんが、いずれはっきりとすることでしょう。


ゾクチェンの教えは哲学ではないし、宗教の教義でも、文化的伝統でもない。教えの意味を理解するというのは、心が作りだす自己欺瞞や歪曲をはぎ取り、自分自身の真の本質を見出すということだ。チベット語のゾクチェン(rDzogs-chen)、すなわち<大いなる完成>とは、すべての生きものに、すべてのはじまりからそなわっている原初の境地を指しているのであって、生きもののあり方から切り離された、超越的なリアリティを指しているのではない。    

ゾクチェンの教え 8ページより   


チベット密教などに関心がある人は、哲学的なことに凝り固まりすぎたり、あるいは瞑想体験などにこだわりすぎるという人が多いような気がします。ゾクチェンの教えは哲学ではないし、宗教の教義でも、文化的伝統でもないと、ナムカイ・ノルブは語っています。チベット密教では、哲学的なことをかなりやりますが、ゾクチェンはそういったものをも超えていくようです。

また、心が作り出す自己欺瞞や歪曲を剥ぎ取り、自分自身の真の本質を見出すということ、とありますが、瞑想で自己欺瞞や歪曲にとりつかれてしまうケースも見受けられます。真の本質を見出すどころか、幻想に陥ってしまうのです。これでは何のために瞑想するのかわかりません。ゾクチェンは無論そういうものとは違うということです。

また、こういったことに関心が深い人は、超越的なことにとらわれてしまう人もいますが、ゾクチェンはそういうものではなく、誰にでもそなわっている原初の境地を指すとのことで、特殊なことではないようです。私はかつてはゾクチェンやマハームドラーは、何か特殊なもののように感じていましたが、そうではなくて、誰にでも本来備わっているものであり、今はそういうことなのだろうと感じています。
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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