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男性原理 女性原理


私たちの生きている現象界は二元の世界である。表と裏、美と醜、剛と柔、男と女等々。

そしてこの世は男性原理と女性原理に分割されている。男性原理(ロゴス)は言語、理性、思考、意味、論理、行為、合理的秩序の世界、左脳、男性的な世界、表層意識、などであり、女性原理(エロス)は感情、イメージ、調和、芸術、愛の原理、関係づけの原理、右脳、潜在意識、女性的な世界といったものである。普通人はこれらのどちらかが優位であり、自分にない要素を軽視する傾向がある。

今の世の中は比較的男性原理に偏っているように思える。今最も世界で大きな影響を誇っている国はアメリカだが、他の国と調和せず、邪魔なものは力を持って排除する事を行っている。これは男性原理の悪い要素がでてしまっているように思う。

ヒンドゥー教および、仏教のタントラ(密教)思想においては、究極的実在としてのレベルでの男性原理と女性原理の融合・合体において、最高の真理の現れがあるとされる。これは究極の完成であり、至福の境地、最高の大楽(マハースクァ)と言われる。

ヒンドゥータントラでは男性原理が受動的で、女性原理が能動的であり、仏教タントラでは逆となる。しかしどちらも二原理の融合によって、最高の境地が得られるとするのは共通である。

チベットやネパールの仏教美術で、男性の主尊が女性の配偶者である明妃を抱擁しているものが多数ある。これは現世的な意味でのセクシュアルなものでは全くない。男性原理と女性原理の融合を表した崇高なものである。この男女合体の姿に欲情してはならないと経典では警告されている。

欲情を超えて、全存在の根底にある空性を知覚し、それによって真の至福と歓喜がもたらされ、解脱が達成されるとしている。

タントラの思想は複雑であり、万人が実践するのは難しいが、男性原理と女性原理の融合を目指すことは、人類において非常に重要なことのように思う。男性原理優位となり、女性原理を軽視する風潮が強まりすぎると、ゆがんだ形での男性原理が発現してしまう。男性原理と女性原理に優劣はない。どちらの良い要素も悪い要素も認め、二つを融合・統合させていくことがこれから私たちが実践していくべき事ではないだろうか。

優れた修行者は中性的な人が多い。男性とか女性を感じさせないのである。またヒンドゥーの神々の絵や、チベットのマンダラに出てくる仏達を見ても、性別をあまり感じさせない。そして、経典では高い世界に行くと性別が消滅するとある。古今東西の真理において、一元の世界を現出することが説かれている。二元を超えて一元に至ることが人類に与えられた使命だと感じる。
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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