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欲望は心に印象を残したときだけ問題となる。問題なのは印象であって、欲望自体ではない。飛ぶ鳥は空に跡を残さない。魚は水に跡を残さずに泳ぐ。もし私たちが何の印象も足跡も心に残さずに生きることができるなら、まったく何の問題もないのだ。あなたは心の中に、「私はこれをすべきだった、あれをすべきではなかった」などといった想いをためこむ。それらの印象が、何度も何度もあなたをこの世界という現象に巻き込むのだ。

森の中を師と弟子が旅していた。その地域は大雨が降ったために、小さな浅い川は大きな川の流れに飲み込まれてしまった。二人は僧衣を肩にのせて川を渡ろうとした。ちょうどそのとき川岸に一人の娼婦が立っていた。彼女はある結婚式で踊るため、川向こうまで渡らなければならなかったのだ。踊りの衣装を身に纏っていたので、首まで浸かるほどの深さの川を渡ることは不可能だった。師は彼女を肩に乗せると、川を渡りきり、向こう岸に彼女を降ろした。そうして彼女は結婚式に向かい、師と弟子は旅を続けた。

その弟子は師の行いにひどく困惑していた。彼は思った。「師は私にけっして女性に触れてはならないと言っていた。それなのに、彼は娼婦をかついで川を渡ったのだ」。この想いは長い間彼を悩ませた。

十キロほどの道のりを歩いた後、彼は振り向くとついに師に向かって尋ねた。「師よ、質問をしてもかまいませんか?」。師は答えた。「よろしい」

「あなたは決して女性に触れてはならないとおっしゃいませんでしたか?」
「そのとおりだ」
「それでは、師が川を渡す手助けをした女性はどうなのですか?彼女は娼婦でした。それなのに、あなたは彼女を肩に乗せて川を越えたのです」

師は答えた。「彼女は助けを必要としていた。仕事のために川を渡らなければならなかったのだ。助けなしに渡ることは無理だったろう。だから私は彼女を肩に乗せて川を渡ったのだ。私はするべきことを終え、彼女を降ろした後、そのことはまったく忘れていた。なぜおまえはまだ彼女をかついでいるのか?私は何キロも前に彼女を降ろしてきたのだ」

娼婦はここで欲望を意味している。師は必要なことをして、それからすべてを忘れ去った。弟子は頭の中でいつまでもその出来事、足跡、について考え続けてきた。そしてそれは彼らが歩いた十キロもの間、彼を苦しめることになったのだ。何であれ為すべきことが起こったなら、ただそれを行いなさい。そして忘れてしまいなさい。それについて考え続けてはならない。そのような頭にこびりついた想念が、あなたをサンサーラ、果てしない輪廻転生に連れ戻すのだ。欲望がまったくないとき自由がある。欲望から自由な状態が純粋なニルヴァーナ(涅槃)の境地だ。無欲がニルヴァーナなのだ。

覚醒の炎 プンジャジの教えより




ここで引用された説話は、なかなか有名なものである。師は行為はしたが、心に痕跡をとどめていなかった。弟子は行為していたが、心に大きな痕跡を残していた。この違いは大きい。一番問題なのは、心に痕跡をとどめることである。それが欲望を大きな問題としてしまう。それ自体に善悪はない。心の痕跡が問題を引き起こしていく。もちろん行為を伴った上で痕跡を残したら、それは更に大きな問題となってしまう。現代人の多くは、このような状態ではないだろうか。

プンジャジの言葉は、非常に示唆に満ちたものとなっている。今後も紹介していければと思う。
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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