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私たちはまだ眠っている

私は仕事の合間の休み時間についうっかりして時間の確認を怠り、勤務の交代に遅れてしまった。その時は何も言われなくてほっとしたのだが、次の交代でまたやってしまった。これはいくらなんでもまずいと焦り、慌てて現地に向かったが、交代する人が明らかに不機嫌な様子でいた。私はすぐに謝罪したが、「次にまたやったら知らないからな」と冷たく言われてしまった。その人は長年そこに勤めている人で、それなりの権限もあり、その人ににらまれてしまうと非常にやりにくくなる。近頃はミスも増えており、これはまずいことになったと思っていると、上司に呼び止められた。


上司はかなり興奮していて、手に持っていた紙を私に見せて、「これは一体どういうことだ!」と詰め寄ってきた。見ると私が会社に隠していたことが書いてあり、それを見た私は少々動揺した。知らぬ存ぜぬを通そうとも思ったが、あまりごまかしようもない内容で、直前にミスを指摘されて落ち込んでいたこともあり、抵抗する気力もなく、このまま認めてしまうか、そうすると最悪くびかもなあ、などと考えていると、混沌として意識が段々鮮明になってきた。





それは私が見た夢だった。




夢と言うのはちぐはぐなもので、私を叱責した上司は、目が覚めてみると見たこともない人であり、休み時間中も仕事場と全然違うところでセッションをしていたのだから、この世においてはあり得ないことである。しかし、夢の中ではまさしくこれは現実であると感じていた。そして私の場合「これは夢だ」と認識すると夢から覚めてしまうことが多い。人によっては夢を夢と認識し、その中で自分の思い通りに夢をコントロールする人もいるが、私はほとんどそういう体験はない。


夢の中ではそれこそが現実そのものだが、覚めてしまうと「ああ夢か」と思う。しかし私たちが普段生きているこの世でも、私たちは目覚めて活動しているように感じているが、実際のところは眠っているようなものであり、目覚めてくると私たちは眠っていたのだ、ということに気づいてくる。そうなると寝ている時に見る夢も、普段目覚めていると思っている状態も、根本的には何ら変わらないということになってくる。これは経典に書いてあることでもあるし、それを理解している人もそれなりにいる。


一体何をもって現実とするのか?五感で知覚するものを現実とするなら、それは脳の電気信号の解釈にすぎず、それが狂っていたら、私たちは全く異なることを現実と認識してしまうことになる。夢の中でも五感は働いているが、それが現実を知覚しているわけではない。私たちは五感に支配されており、何が真実でないが何がそうでないかを見失っている。


映画「マトリックス」はここに書いたことを表現した映画だが、一作目の宣伝コピーが「なぜ気づかない」だった。真実を理解したネオやモーフィアスからすると、マトリックスの感じさせている世界に浸っている人たちは、なぜ気づかないのだ、と忸怩たる思いがするだろう。しかし、私たちも同じようなものである。五感で知覚できるものが全てと思いこんでおり、それを超えたものがあるということをすっかり忘れている。それによって私たちの認識は大いに偏りが生じ、問題もどんどん大きくなっており、このままでは修復できるのか?というところまで来ている。私たちが気づけるのか、目覚められるのかによって、これからどうなるかが決まってくるのだろう。
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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