スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

本日は釈迦が生誕したとされる日

本日4月8日は、釈迦の生まれた日と言われている。これが真実であるかどうか定かではない。クリスマスはキリストが生誕した日であるとされているが、これだって本当かどうかわからないし、誰も間違いなくこの日に釈迦やキリストが生まれたのだと証明することもできない。


それはそれとして、釈迦がこの世に降誕されたのは事実であり、その教え、ダルマというものが今の世にまで伝えられているのは、とてもありがたいことで、感謝の念にかられる。


釈迦自身は、六年麻麦の行とも言われる苦行の時代を経て、苦行だけでは悟れないと知り、菩提樹の下で瞑想に入り、スジャータから乳粥の供養を受けて、それから覚醒したと言われている。苦行では心身を過剰に傷めつけ、それでは心の平安は得られない。また、苦行をしていると、「自分はこれだけの行をやってきたのだ」といった慢心に陥りやすい。これは大きなエゴの罠である。


私はかつて釈迦の苦行には遠くおよばないが、かなり無茶なことをしていた時期もあった。食や睡眠を極力おさえ、行に没頭したり、食べることだけでなく、飲むことも制限したりもした。そういうことをしていると、確かにある種の境地に至ることはある。それで自分は解脱したのだとか、私は悟ったのだ、と勘違いする例もある。しかしそれは深い変性意識状態に至ったにすぎず、目覚めるとは関連性がない。このことを理解するのに、私はかなり時間がかかってしまった。


釈迦は苦行に偏らず、悦楽に偏らない中道を体得し、それを説きあかしていった。このことはとても重要なことだが、カルト的なところではこの中道ではなく、完全に偏ったやり方を説き、それを無理強いさせたりする。それによって強烈なトランス状態を形成し、あたかも自分が高い瞑想体験をしたのだと錯覚してしまう。だがそれはまやかしであり、幻影にとらわれているにすぎない。仏教を実践していると標榜しているところでもそんなことをさせたりするから始末が悪い。そのようなカルトは釈迦のダルマを全く理解していない。


以前の私は強烈な変性意識の体験に溺れ、緊張を強いられて、我を忘れた状態だったが、そこから少しずつ離れて気づきを明晰にし、ゆったりとリラックスしつつある。釈迦の説かれたことを全く理解していなかったのが、少しずつ理解できるようになってきた。わかったつもりになっているのが一番危険である。


この世は無常であり、訪れては去っていくものばかりだが、釈迦の説かれた教え、ダルマというものは消え去ることなく、いつの世も残り続けて欲しいと思う。
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

最新記事
プロフィール

唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最新コメント
最新トラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。