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ありのままに見る

精神世界に関心のある、あるいは携わっているかたがたは、夢やロマン理想などといったものが好きな方が多いでしょう。私もそういった類のものに惹かれます。しかし、本格的に精神の世界にかかわっていくと、物事をありのままに見つめていくようになっていきます。

これは言葉にすると簡単ですが、実際にはなかなか難しく、大変なことです。人は自分の思いや観念によって物事を見ています。例えば東大卒と聞くと、この人は頭がいいと考えがちです。しかし、その人は学問においては優秀かもしれませんが、それ以外のことはてんで駄目ということもありえます。そして東大卒だから頭がいいと思い、何かをまかせたらひどい結果となり、逆に一般的には三流大学とみなされている大学出身の人のほうが、結果が出せることも十分ありえることです。しかし、両者の経歴を聞くと、東大卒の人のほうが結果を出せるであろうと、考えてしまう人が多いでしょう。

また青を見たとして、みんなが同じように考えるわけではありません。ある人は水を連想し、ある人は空を連想するでしょう。ある人は心を落ち着かせ、中には憂鬱な気分になる人がいるかもしれません。しかし、ありのままに見る訓練をしている人は、青はあくまでも青としてみるはずです。

原始仏教においては「この世は苦である」と説きます。これはわざわざ苦と見るのではなく、よく検討してみると「この世は苦しみである」という結論に至るのです。そんなこと言っても、この世はすばらしいものであり、苦しみではないという人もいるでしょう。苦しみを感じていない人は、例えば今は素敵な恋人がいて、苦しみなど感じていない人がいます。しかし、その恋人の心が移り変わり、わかれてしまったら、この人は大きな苦痛を感じるでしょう。そういうことがなく、ずっと良好な関係を保つ人もいるでしょう。しかし、相手に対するとらわれが強ければ強いほど、死別のときの苦しみはより大きいものとなるでしょう。この世は楽しみや喜びもあるが、よく検討してみると、その裏には必ず苦しみが潜んでいるということがわかってきます。しかし、ありのままに物事を見ようとしないと、このことが理解できないし、理解したくないという意識が働いてしまいます。

仏教の瞑想において、心を静めていき、それから自分の心や周りの事象を冷静に観察していくことを行います。それによって、今まで気づかなかったことに気づいていくわけです。それによって苦しみから解放されたり、物事をきちんと進めていくことができるようになっていきます。夢やロマンに惹かれることはもちろん悪いことではないですが、それだけでは片手落ちです。ありのままに物事を見ていきながら、夢やロマンを抱くのはいいですが、単にそれだけでは、違った方向に行ってしまいかねません。またありのままに見ていく人がそれだけで終わると、周りからは冷たい印象を与えたり、あまりすかれなかったりもするでしょう。やはりバランスが大切です。
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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