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幻想と現実

アメリカの土壌に完全な仏教の教えを植えつけようと思うのなら、まず私たちは仏教の根本教理を理解し、その基本となる瞑想修行をしてゆかねぽならない。仏教といえば、この国ではよく、救いを与えてくれる新しい宗教か、きれいな庭で花を摘むように楽に現世と折り合えるようにしてくれる新しい信仰のように思われている。だが木から花を摘みたいのなら、まずその根と幹を育てなけれぱならない。それはつまり私たちが、恐怖や不満、失望やいらだちなどという人生の苦しい面と取り組んでゆかねぼならないということだ。

仏教は苦悩と悲惨を強調するから、きわめて陰気な宗教だとよく非難される。ふつう、宗教は美や詩、恍惚、至福をうたう。だが仏陀によれぱ、私たちは人生の体験をありのままに見ることから始めるべきだという。私たちは苦しみという真実、不満という現実を見つめるべきだ。それを無視して人生の華々しく楽しい面だけを検証しようとするわけにはゆかない。約束の地や宝島を探し求めているのなら、そんな希求はただひどい苦しみに終わるだけだ。そんな島にはたどりつけず、そんなふうには悟りは得られないのだ。だから、仏教のあらゆる宗派は、自分の生きている状況という現実にまず向き合わなけれぱいけないと説くことで一致している。夢見ていては始まらない。それは一時的な逃避にすぎない。真の逃避など不可能なのだ。

チョギャム・トゥルンパ

チョギャム・トゥルンパ・リンポチェは、コロラド州ボールダーのナロパ学院の院長であり、北米各地に散在する六十三の仏教瞑想セソターを統合するヴァジラダートゥの長でもある。一九三九年、東チベツトに生まれ、生後まもなくスルマン僧院の院長という伝統ある座にカギュ派十一代目トゥルンバとして就任する。四四年、大修道院長に任命され、以後徹底した仏教教育を受けた。1987年逝去。(「タントラ・・・狂気の智慧」より)




宗教はよく甘い幻想を語り、現実から逃避させることが多いです。しかし仏陀の教えはそうではなく、真実をありのままに見つめることが大事であると説きます。その際に苦しいこともあるでしょう。現実に打ちのめされることもあるかもしれません。しかし、幻想を抱いたままではよけい惑うだけです。まずは現実と向き合い、目をそらすことなく真実を見極めることが最も肝心なことではないでしょうか。

幻想を抱き続けていても、いつかは崩れ去ります。その時その幻想に対するとらわれが強ければ強いほど、それが崩れたときの衝撃はものすごいものがあります。方便として幻想を活用することは効果を発揮することがありますが、いつまでもそれが通用することはないでしょう。
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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