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することと在ることの切替

私の今現在の仕事では、座っていわゆる待機状態でいることが多い。その際当然ながら、ただぼけーっとしていていいわけではない。何か事が起こればすぐに対応できなければ意味がない。意識は明晰にしておきつつ、静かに座っているようにしている。もちろん一日中ただ座っているわけではなく、人と対応することもあるし、何かが起こればすぐに対処をしなければならない。そのためには意識が淀んでいたら、素早く的確な対応をすることはできないし、仕事内容を明確に把握しておく必要が在る。そういう前提があったうえで静かに座っている。

これはあまりほめられたことではないが、特にすることがない場合は、ネットを見たり、本を読んだりすることもできる。これは半ば黙認されている。特に夜間においては、ほとんどすることもないので、時間をつぶすのに苦労するので、iphoneは重宝している。こういうことが黙認されているのも、いざという時に的確な対応ができるからであり、iphoneを見ていることに没頭して、肝心な時に何もできなかったら、ただ怒られるだけではすまない。下手をすれば首になってしまう。実際にしょっちゅうこっくりこっくりと船を漕いでしまい、周りから注意されても本人は認めず、とうとう現場から出されてしまった人もいる。座って寝てしまったらどうしょうもない。

ただし、ネットで何かをずっとしていると、落ち着かなくなってくる。だからずっとそうしているわけではなく、黙って座っていることも多いのだが、その時が一番意識も落ち着いて穏やかになる。黙ってずっと座っていると、多くの人は退屈してしまうだろうが、マインドの動きに翻弄されることなく、「今ここに在る」ことができれば、全く退屈ではなく、非常に心地よく、時間もあっという間に経ってしまう。時間もまた幻想であることがよくわかる。

私たちは何かをすることに慣れており、またそれがいいことであると信じ込んでいる。当然何かをしなければならない時は、することが必要であり、そういう時に何もしないでいることはまずい。しかし、余計なことを多くしてしまい、かえって迷いが生じたり、苦しみが増大することがあるのもまた事実。何もしないでいい時には、じたばたしたり、ああだこうだ無理にすることがなく、ただ静かにして目の前に起こることをただやり過ごしていくのがいい。そして「今ここにただ在る」時には、私たちには苦しみも迷いもなく、何も余計なことをする必要がないことが腑に落ちるようになる。

今の仕事場では、「何かをする」ことが当然必要だし、「ただ在る」ことも仕事をしながら体験できるし、人間関係でも大きな問題もなく、給与の面などで問題がないわけではないが、私にとってとてもいい環境であると思う。
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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