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体験からただ在ることへの移行

色々と行をしたり、瞑想を実践していくと、様々な体験をしていきます。私もかつてはそのような体験をしていくことに価値を見出し、体験することを面白く感じたり、体験をすればするほどレベルが高いのだと思い込んでいました。色や光やヴィジョンを見たり、エクスタシーを感じたり、心が開放されていくといった体験をしていくことは、最初のうちは行や瞑想を進めていく上で役に立つでしょう。しかし、それも手放していく必要があります。

近頃は体験をすることにこだわりがなくなっていましたが、多くの聖者が語っている「私は在る」ということが理解できてきたと感じていたのですが、それがまだ体験の段階であったということに、つい先日気付きました。「私は在る」というのは体験ではなく、文字通りそこに在るということで、それは体験も超えています。体験するというのは、元々ないものを得るということになりますが、「私は在る」とは元々ないものではなく、常にそこに在り、そのことを私たちは忘れています。体験して理解するのではなく、まさに自分がそれであるということ、言語では正確に表現出来ませんが、それはまさに体験を超えています。

体験という形でとらえると、自分は他人と違うとか、自分はえらい、という概念が生じやすくなりますが、ただ在るというのは、どちらが上でどちらが下ということもなく、本来はみな同じであるということであり、そこには気付きや愛や寛ぎといったものが全て在る。そのことをまだ垣間見た状態ではありますが、より深く落としこんでいきたいと思います。
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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