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瞑想リトリートにて 4

リトリートに関して色々と書いてきましたが、これで最後になると思います(おそらく)それだけ多くの気付きなどがあったということで。

西洋人はスキンシップによるコミュニケーション、ハグであるとか、握手をするといったことが定着している。それに対して日本人はあまりそのような習慣がない。ハグをして親睦を深めるということもあまり見受けなれない。よくハグをするという人もいるだろうが、少数派ではないか。

私は以前スキンシップを避けていた。これは自分でそうするのが良いと思っていたのでそうしたまでだが、あまりにも度が過ぎたと思う。頭を触られるのを嫌い、床屋にも行っていなかった。ではどうしていたかといえば、一時期はずっと坊主頭にしていたので、バリカンを買ってきて自分で頭を丸めたり、知り合いである程度カットできる人に頼んで、できるだけ頭を触らないようにして髪の毛を切ってもらっていた。スキンヘッドは慣れてくれば、他人の手を借りずに自分自身でできてしまう。今は普通に床屋に行っており、買ったバリカンも全く使っていない。

それだけ私は他人に触れられることを避けてきた。それは自分と他人との区分をはっきりと構築してしまい、自我を超えていくどころかますます増強させることになってしまった。ベタベタとスキンシップをすればいいというものでもないが、他人との接触を避けることで、損失を蒙ったと今は思う。

リトリートでは一番最後のプログラムで、参加者全員でハグをしていった。一番最初に参加したリトリートでも参加者全員でハグをしてまわったが、その時の私はまだハグをすることに慣れておらず、最初はやりにくかった。しかし段々慣れてきて、最後には抵抗がなくなっていった。瞑想をずっとしていて心身が浄化されてハートが開いていたのでやりやすかったのもあっただろう。いずれにしろ、スキンシップによるコミュニケーションに抵抗があったが、それが少しずつ氷解していった。

今回はもう慣れていたので、最初からあまり抵抗なくみんなとハグをしていった。そこでは天使の羽をイメージし、繊細にハグをしていったが、このやり方はとてもよいと思った。中にはぎゅーっとハグしてくる人もいたが、それはそれでよかったが、天使の羽のごとくハグしていくと、肉体で行うというより、ハートのつながりを感じることができた。

参加者は男女入り混じっており、当然同性異性を問わず行っていくことになる。普通は同姓とする時は抵抗があり、異性とではどこか構えてしまったりするものだが、この時は性別や年齢の区別などあまり感じることがなかった。同性とハグしてもハートのつながりを感じて安心感があった。ハートが開いてくると、年齢や性別などを超えていき、区分がなくなってくることを実感できる。これは一人で座って瞑想していても、なかなかわからないことであり、他人との関係性を伴ってより深く実感することができる。そういう意味でリトリートの最後でハグをしていくことは、とても良いことだと思った。

ハートを開いていくことはとても大事だが、背景に明晰さ、気付きというものがないと、危ういものとなってしまう。安易にハートだけに取り組むことを戒める指導者も多い。しっかりと明晰な気付きを保ち、その上でハートに取り組んでいくことが大切で、その意味で気付きから入り、心身を寛がせ、最後にハートに働きかけていくリトリートはとても良いプログラムであると実感した。
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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