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瞑想リトリートにて

先日に泊りがけで、リーラスペースが主催する瞑想リトリートに参加してきた。
http://www.leela.jp/index.html

一年前に初めて参加し、今年のゴールデンウィークに次いで、今回で参加が三回目となる。毎回落ち着いて心地よく瞑想することができて、しかも大きな成果があったが、今回も今までに負けず劣らず大いに楽しめた。

初日が主にプレゼンス(気付き)、二日目がビイーング(寛ぎ)最終日がハートに関して焦点を当てて行われた。気付きと寛ぎに関しては、日常生活でも理解が深まってきており、リトリート中でも日常で体験するものと大きな差はなく、今回は日常時と瞑想時の違いがないということを理解するための参加であったかと途中までは感じていた。

それがハートの瞑想を行う際に、ハートに向けて呼吸をすることをしたが、最初の一息でハートが更に大きく開いていく感覚が生じた。それまでは比較的安定して座っていたが、若干瞑想にだらけてきた感もあったのだが、ハートが開くことでそれが消し飛んでしまった。以前のリトリートでかなりハートが開いて、深奥なスペースを感じていたのだが、まだまだそのスペースが深く大きく広がる余地があるのだとわかった。

本来のハートの広さは計り知れないものだが、それを私たちは思考や感情や肉体などにとらわれることで、小さく狭いものにしてしまっている。それが本来の広大無辺な空間にとどまることができると、内面が静かに安定し、恩寵をしっかりと感じ取ることができるようになる。このことは他の何と比較しても比較することができないものである。

以前は集中的に瞑想しても、そのときはいいのだがすぐに効果が消えてしまったり、弱まってしまうことが多かった。しかし、昨年から参加しているリトリートにおいて、効果がすぐに無くなってしまうことがなく、日常生活において、リトリートで体験したことがむしろ深まっていくのがわかる。今までは粗雑なエネルギーや心に働きかけていたのが、より繊細なものにアプローチしているのだろう。それは簡単に消え去ることはない。

以前は気付きや寛ぎやハートの体験も、ダイナミックに感じていたのだが、今回は劇的な体験や体感というのではなく、より深く繊細な領域に浸透していく感じがした。少しずつフーマンが言うところの「これ」が熟してきているように思う。今は多くの人が惑い、社会もぐちゃぐちゃになっているが、少しずつ目覚める人が出てきているようにも思える。

恩寵は常に降りてきているが、それをほとんどの人が感じ取れていない。恩寵を受け取れる人が少しずつ増えてくることでそれらは共鳴していき、個人や社会の変容をもたらしていくことになるかもしれない。そうなるといいと思うが、あまり過度な期待をすることもなく、ただあるということをより体得し、ハートを開いていくことで、そういうことが自然に起こってくるのではないかと今は感じている。
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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