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何もしない日々

5月の3日、4日、5日とリーラスペース主催のリトリートに参加してきました。
http://www.leela.jp/index.html

今回は以前にリトリートに参加したことがある人のみが対象で、人数も多すぎず少なすぎず、ちょうどよい感じでした。また寛いでハートにとどまる瞑想が中心で、今の自分にとって必要とされる内容でした。

二日連続で泊りがけの仕事あけで、家に帰る余裕もなく鈍行列車に乗って現地に向かったので、初日は疲労と眠気で少々きつかったです。それでも一番最初の瞑想では、フーマンの講和が録音されているものを聞いて瞑想しただけで、今までと違うハートのつながりを感じ、「これは幸先よいスタートとなった」と喜んでいました。しかし夜の瞑想では、疲労と眠気が一気に出てしまい、座ったまま腰を折り曲げて、額を床につけて意識を飛ばしてしまいました。以前から私はその姿勢で寝てしまうこともよくあったのですが、それを見ていた人たちは衝撃的だったようです。翌朝は瞑想中に体が動き過ぎると注意されてしまい、困惑とプライドが傷ついてしまいました。

二日目の昼には笑いと泣きの瞑想があり、これによって心身が浄化され、その後の瞑想では意識が飛んでしまうこともなく、極端に体が動くこともなく、平穏に瞑想を行っていくことができました。今回はマインドの動きも大きく、雑念がかなり生じてきましたが、それも浄化のプロセスだと思い、あまり気にしませんでした。それはそれとして前回のリトリートで感じたハートの拡大や、ハートのスペースにとどまるということが今回も感じられ、また前回とは違う領域が開いたり、スペースにとどまる感覚がありました。リトリートが終わってからも、その感覚が続いています。

今回のリトリートでは、努力して達成するのではなく、寛いで今ここにありのままにあることが強調されました。私は長年努力して修行をし、何かを達成しようとすることを行ってきました。寛いで何もせずにただここにあること、あるがままにいること、というのは知識として知っていても、実際には今までやってきたこととのギャップが大きかったのです。それが今回は、何もしないこと、あるがままでいること、私たちはすでにそれであること、などがより実感を伴ったものとして感じられました。また釈迦の教えなどもこういうことなのではないかという気付きもありました。それは自分の思い込みかもしれないので、内容は書きませんが、ともかく内面の大きな変化がありました。

それにしても今までは集中的な瞑想や修行を行う際には、とても厳しいスケジュールで行ってきたのですが、リーラスペースのリトリートではとても楽なスケジュールで、初日にちょっときつかったくらいで、後は楽々瞑想し、しかも大きな成果がありました。三食食べて、休憩時間も長くあり、温泉にも入れて、などというと以前の仲間たちは、「そんなスケジュールで効果があるわけがない」と思うでしょう。しかし、それは誤ったやり方にとらわれているからであって、瞑想とは本来ただあることであり、最高のリラクゼーションであり、喜びに満ち溢れたものです。努力して達成するというのは、まだ途上の段階です。そのことがはっきりとわかってきました。

余計なことをなにもせず、ただ今ここにあるということが、最高の喜びであることがわかってきたので、することからあることへのシフトをより行っていこうと思いました。

また、リーラスペースの場が、間違いなく恩寵に満ち溢れたものであり、そこにただあるだけで、計り知れない恩恵があることも実感しました。グルやマスターに頼らなくても、覚醒に至れるのではないかと今まで以上に感じました。
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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