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タントラへの道 ユーモアのセンス Q&A

▼ Q&A


Q―――善い行いや正しい行いについて、私が聞いた講義のほとんどが次のように言っています。
まずはじめに徳を積み、善につき、そして悪を捨てよ、そうすれば後で〈善への固執〉を捨てることが容易になる。このアプローチについてどう思われますか?


A―――ユーモアのセンスという支店からながめると、〈捨てる〉という考えそのものがあまりにも文字通りで単純に思われる。

善であろうとしてすべてを捨てようとすることは、皮肉なことに捨てることではまったくないのだ。
それはより多くのものを身につけることだ。
おかしなことだがそれは事実だ。

ある人は自分が選んでいる大きな荷物を放り出すことができると思うだろう。
しかし彼にとっては実際に放り出した荷物よりも、荷物がないこと、捨てたということの方がその何百倍も重い意味をもつのだ。

何かを捨て去ることはやさしい。
しかし、捨てることに伴って、徳行という非常に重大な副産物生み出すことにもなりかねない。

人に会うたびにあなたは心の中で思ったり、実際口にすることさえあるだろう。
「これとあれを捨てたんです」と。

〈捨てた〉ことがだんだん重くなってくる。
まるで黴菌を袋に入れて背負っているようなものだ。
ついにはまるで大きなカビを運んでいるようになるかもしれない。
カビはそのスピードをぐんぐん増して増殖している。
ある時点に来ると、あなたはそれほど多くのものをすてたことにまったくがまんができなくなってしまう。


 それと同じように、もし瞑想を深刻なこと、重大なできごととしてとらえるならば、それは次第に厄介な重苦しいことになり、それは食べものの食べすぎに似ている。

いまにも腹痛を起こしそうになってやっと気づく。
「こんなことなら空腹のままのほうがよかった。少なくともいまより身軽だった。こんなにつめこんでしまっていまにも病気になりそうだ。いっそ何も食べなければよかったのだ」と。

私たちは精神性をそれほど深刻にとらえてはならない。
それは自分を打ち負かすことであって、〈捨てる〉ことの本当の意味とは正反対のことだ。



Q―――すると悲壮感というものは、悟った人ならすでに克服しているべきものでしょうか?


A―――悲壮感を捨てるためには必ずしも悟っている必要はない。
緊張の度が高まる一方の状態や、悲壮感に巻きこまれてしまっているとき、あなたは突然その状況の中にもユーモアを見はじめるかもしれない。
音楽で音が次第に高まって絶頂に達し、急に音が止むと、その静寂もまた音楽の一部として聞こえるのと同じだ。

それは何も特別な経験ではなく、日常的なありふれた経験だ。
だからこそそれはあらゆる体験の中でも最もあたりまえなものなのだ。

なぜなら私たちはそれに何の価値判断も加えないからだ。
そのような経験があったとも言いがたいほど単純なことなのだ。

もちろんここで例のひねくれたエゴを登場させれば、そのまま論理を延長し、あったかなかったかもわからないような経験だからこそ、それほどあたりまえなことだからこそ、それはあらゆる体験の中で最も価値あるものだと言うこともできるだろう。

これは自分が関わっていることがたいしたことなのだと証明しようとする観念的なやりかたにすぎない。
それは少しも重要なことなのではない。



Q―――ユーモアのセンスは、何かの形で突然の閃きである悟りとつながっているのでしょうか?


A―――たしかに。
大笑いしながら死んだ男の話がある。
純朴なその村人はあるとき、師にアミターバ(阿弥陀仏)の色をたずねた。それは伝統的な仏画ではつねに赤く彩色されている。

しかし何を聞き間違えたのか、男は師がアミターバ色は火の灰の色だと答えたものと思い込んでいた。
これは男の瞑想の修行全体に影響した。
なぜなら、アミターバを資格化する修行をするたびに彼は灰色のアミターバを心に描いたからだ。


 ついに男の臨終のときが来た。
師の床にあった男はもう一度確かめてみようと考え、別の師にアミターバの色をたずねた。

その師がアミターバの色は赤だと答えると、男は大笑いしはじめた。
「アミターバは灰色だとばかり思っていたのに、師は今になってそれが赤だと言われるのですか?」

男は笑い転げながら死んだ。
つまりある種のばかげたまじめさは、放り出してしまわなければならないということだ。


 笑いを爆発させることで覚醒の状態を本当に知ることができた人の例はたくさんある。

笑いとは二極的な状況の対比にアイロニーを見ることだ。

例えばあるところに行者がいた。彼は何マイルか離れた村に信者をもっていた。
この信者は行者に食べ物や他の必要品を布施し、彼の修行を支えていた。行者にそれらの品物を届けるのは普通信者の妻や息子や娘だった。

ところがある日のこと、信者がみずから行者に会いに来るという。

 「信者によい印象を与えなければいかん。祭壇を掃除して小道具は全部ピカピカに磨きあげ、部屋もこざっぱりと整頓しなければ・・・・・・」と行者は考えた。
彼はすべてを磨きたて、置き換えて、見違えるようになった祭壇に新しい水をはった聖椀を並べ、バターランプをあかあかとともした。

それからその前に坐って満足げに部屋の中を見渡した。
何もかも小ざっぱりしているが、なんとなく現実感がない。
見れば祭壇さえも同じようにリアルでないのだ。

突然彼は自分が自分を騙そうとしていることに気づいて愕然とした。
そこで台所に行ってひとつかみの灰を持ってきた彼は、それを祭壇にまき散らし、部屋中を汚してしまった。

そのときやって来た信者は、行者の部屋の自然な様子、小ぎれいでないことにかえって非常に心を動かされた。
行者はもうがまんができなかった。

彼は爆笑しながら言った。
「いやはや自分も部屋も小ぎれいにしようとしてみたが、おそらくあんたに見せるにはこのほうがいいと思ったんじゃ。」


 そして行者も信者もともに大笑いになった。
それは二人にとって偉大な覚醒の瞬間であった。



Q―――毎回の講義であなたはわたしたちがすでに罠にはまり、網にかかっていて逃げられそうもない状況について語られます。そのときあなたは逃げ出す道があることを暗に意味しておられるのでしょうか?


A―――要するに、もし逃げ道について話しているのだとしたら、それは幻想の世界で、逃避の夢、救済、悟りを語っていることになる。

私たちは現実的でなければならない。
いまここにあるものつまり私たちのノイローゼ的な心をまず調べなければならない。

一度自分の中にある否定的な側面をすっかり知ってしまえば、自然に〈逃げ道〉はわかってくる。
しかし、ゴールに達することのすばらしさや悦びを語ることは、極端に初心でロマンティックだ。
このようなアプローチはそれ自体が妨げになる。


 私たちは実際的であるべきだ。病気になったら医者に行くのと同じことだ。
医者が治療をしようとするなら、患者のどこが悪いのかをまず知る必要がある。
どこが正常であるかは問題ではない。
それは治療とは関係のないことだ。
あなたのどこが悪いのかを医者に話すことが、病気から回復する逃げ道なのだ。

仏陀が四つの貴い真理(四諦)を最初の教えとして説いた理由はそこにある。
私たちは苦しみ、苦痛=ドゥッカを悟ることから始めるべきだ。
ドゥッカを悟ったときに人は苦しみの源をつきとめ、そこから脱け出す道を見つけて解放に達することができる。

仏陀は悟りの体験の美しさを説くことから始めたのではなかった。



Q―――価値づけや判断のありきたりのパターンに従って考えたことなのですが、あなたが後の講義で述べられた私たちが犯している誤りや妨げは、先の講義で述べられたそれに比べればなんとなく進んだもののような気がするのですがどうなのでしょう?


A―――たしかにそのとうり。
菩薩の場合のようにすでに道に一歩を踏み出した後でも、一度目覚めた状態を体験すると、その体験を分析しようとする傾向が生まれないとは言えない。

自分を見つめ分析し、そして評価することにとらわれて、最後にヴァジラ・サマーディ(金剛喩定)と呼ばれる鋭い一撃が起こるまでそれは続く。

これは瞑想による最終的なサマーディ(三昧)の状態だ。
このサマーディを「ヴァジラ(ダイヤモンド)のような」と呼ぶ理由は、それがいかなるナンセンスも許さず、私たちが演じているあらゆるゲームのまっただ中を切り裂いてしまうからだ。

仏陀の生涯の物語の中に非常に微妙なマーラ(悪魔)の誘惑の話がある。
最初の誘惑は肉体がむしばまれる恐怖をいだくことだ。

そして最後の誘惑はマーラの娘たちによる誘惑だ。
この誘惑、つまり精神の物質主義の誘惑は非常に強力なものだ。

なぜならそれは(自分)が何かを成し遂げたのだと思いこませるからだ。

自分は何かを成し遂げた、やり遂げた、と考えるとき、私たちはマーラの娘たちの誘惑に乗ってしまった、つまり精神の物質主義にまどわされているのだといえる。
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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