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究極の理想に通じた人が、この平安の境地に達してなすべきことは、次の通りである。能力あり、直く、正しく、ことばやさしく、柔和で、思い上がることのない者であらねばならぬ。

足ることをしり、わずかの食物で暮らし、雑務少なく、生活もまた簡素であり、諸々の感官が静まり、聡明で、高ぶることなく、諸々の(ひとの)家で貪ることがない。

他の識者の非難を受けるような下劣な行いを、決してしてはならない。一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ。

いかなる生物生類であっても、怯えているものでも強剛なものでも、悉く、長いものでも、大きなものでも、中くらいのものでも、短いものでも、微細なものでも、粗大なものでも、

目に見えるものでも、見えないものでも、遠くに住むものでも、近くに住むものでも、すでに生まれたものでも、これから生まれようと欲するものでも、一切の生きとし生けるものは、幸せであれ。

何びとも、他人を欺いてはならない。たといどこにあっても他人を軽んじてはならない。悩まそうとして怒りの想いをいだいて互いに他人に苦痛与えることを望んではならない。

あたかも、母が己が独り子を命を賭けても護るように、そのように一切の生きとし生けるものどもに対しても、無量の(慈しみの)こころを起こすべし。

また全世界に対して無量の慈しみのこころを起こすべし。上に、下に、また横に、障害なく怨みなく敵意なき(慈しみを行うべし)。

立ちつつも、歩みつつも、坐しつつも、臥しつつも、眠らないでいる限りは、この(慈しみの)心づかいをしっかりとたもて。この世では、この状態を崇高な境地と呼ぶ。

諸々の邪な見解にとらわれず、戒めを保ち、見る働きを具えて、諸々の欲望に関する貪りを除いた人は、決して再び母胎に宿ることがないであろう。

ブッダのことば  スッタニパータ  中村 元訳 岩波文庫




スッタニパータは、数多い仏教書のうち、最も古い経典。私が初めて読んだのは大学生の時だが、よくわからないことも多かったながら、とても心に残るものがあった。最近読み進めているが、また改めて読み返してみると、新たな発見が色々とある。

一般的に原始仏教は小乗であると言われ、自己の解脱や悟りが中心であると言われる。しかし、最古の仏典に慈しみの心を持つことの必要性が、強く説かれている。やはりブッダは自己のことだけではなく、生きとし生けるものに対して心を向けることを考えることを大切にされてきたことがわかる。このことを肝に銘じておきたい
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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