スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

目覚めにもとらわれない

ワンネスやI AMの体験をしていくと、それが特別なことでもなく、ごく当たり前にずっと存在していたことであることに気づいてきます。しかし、日常に埋没されてくると、そのことを忘れがちです。そしてそのことを思い起こそうとと焦ったり、取り戻さないとという脅迫概念じみたものが生じてきたりします。


昨日参加した瞑想リトリートで、いつもと同じような瞑想体験や共鳴が起こりましたが、その時に「これは普段からも体験していることであり、リトリートだから特別に起こっていることではないのだ」と気づきました。知らず知らずのうちに、瞑想会やリトリートなどで体験することを特別視してしまうことがあり、それは日常と非日常の区別を生じさせ、ワンネスやI AMを特別なものとしてとらえてしまうことになっていました。


しかし、昨日の体験で、それは常にここにあり、特別視するものでもなく、それを追い求めてとらわれてしまうものではないことに改めて気づかされました。これは私にとって大きな気づきでした。


気づきを得るために様々なワークショップやセミナーに参加し、気づきがあってからもそれを失わないように同じことを繰り返したりしましたが、そういうことをする必要も本来はないのです。そのことに気づくために色々なことをする必要がある場合もあります。しかし、最終的にはただここにあればいいのです。
スポンサーサイト
最新記事
プロフィール

唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
08 | 2012/09 | 10
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最新コメント
最新トラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。