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耽溺もせず抑え込まず

昨年までビーガン(完全菜食)を実践していた人の話を聞いたら、あれはダメ、これもダメとなりすぎて、偏りが生じてしまった気がする、ということを言っていました。肉を食べたくなければ食べなければいいし、菜食が自然にできるなら、そうすればいいのです。しかし、食べたいという欲求があるのに、それを無理矢理抑え込もうとすると、どこかに無理が生じます。それは極めて不自然なことです。


また肉を食べなければならない、というのも偏った見方であり、肉を食べたくないとか、体に合わない人も存在するので、そういう人が無理に食べることもないのです。食べたければ食べればいいし、食べたくなければ食べなければいいだけの話です。


ここで気をつけることは、食べたければ食べればいいですが、そこで食べたいという欲求に支配されないことです。禁欲主義は行き過ぎた欲望を抑制するには良いことで、人はどうしても自分の欲に溺れやすい。自分はやりたいようにやるんだということで、欲望の赴くままに生きる人も多いですが、それは自由でも何でもなく、単に己の欲求に、縛り付けられているだけのことです。


しかし、極端な禁欲主義もまた一つのこだわりを生み出します。禁欲そのものが目的となってしまうケースがよくありますがそれは本末転倒で、禁欲をすることで欲望に支配されないようにすればいいですが、禁欲そのものが目的となれば、それもまた欲求であり、そこに溺れてしまうことにもなります。


欲望を抑え込まず、そこに耽溺するのでもなく、ニュートラルな状況にただ在れば、何事に支配されることもなく、目覚めが自然に起こってくるでしょう。初めのうちはそのような状態にただ在ることも難しいので、まずは形から入ることも必要でしょうが、それもいずれは手放す必要があります。そうすることで今までは幻想の中で溺れていたことに気づいてきます。


私もかつては極端な見解の中に生きてきましたが、それを手放してくると本当に楽になりました。そしてこのことに気づいている人はまだ少数派ですが、少しずつ増えてきているように思えます。
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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