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沈黙の静けさ

仕事場の休憩室にテレビがあり、それはどこにでもある光景だろうが、私は自分一人で休憩している時には、まずテレビをつけることはない。静かな沈黙の中でじっとしているのが心地よいが、休憩室には私一人だけでなく他の人も休むので、ずっと一人で休憩しているわけにもいかない。そして他の人がくると、十中八九テレビをつける。テレビがあればとりあえずつけるというのが当たり前のようであり、静かな沈黙の中でくつろぐというのは、あまり他の人には見受けられない。

そしてテレビをつけても、それを熱心に見ている場合もあるが、きちんとテレビを見ることもなく、何か音がしていないと不自然なように感じられるようであり、私にしてみてばテレビの音がしている方が不自然だが、静かな沈黙の中にいることが不安なのではないかと感じられるくらいである。

以前の仕事場でも、管理人の人が何か音がないと落ち着かないといって、ずっとラジオをかけっぱなしにしていた。私は静かな方がいいのだが、消してくださいともいえずそのままにしていたが、どうも多くの人は沈黙の静けさに耐えられないような気がしてしまう。

私は子供の頃は、静か過ぎるとかえって眠れないたちだったが、成長するにしたがってそういうこともなくなった。沈黙の静けさに恐れを感じていたような気がする。人間にはそのような要素もあるのかもしれない。しかし、今現在は沈黙の静けさが心地よいというか、それが自然な状態となっている。内面を深く探っていくと、広大な沈黙のスペースを感じられ、それと一体化しているととても安らいで平安であるが、そのことがわからないと沈黙していることが不自然に感じられてしまうのではないか。しかし、本来はそうではないと思う。

今の人間社会は、沈黙の静けさを阻害するものばかりである。しかし、それによって心身のバランスを崩す人も多いと思われる。一日中沈黙しているわけにはいかないが、一定の時間は沈黙を保つのが、心身のバランスを整えるのに必要不可欠ではないかと思う。
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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