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悟ったらこうなのだろうというのも思い込み

悟りと一言でいっても、ひとそれぞれ様々な見解があります。悟ってしまうと、全知全能となり、なんでもわかってしまい、あらゆることができてしまう、という風に思う人もいると思います。かつて私はそのような見解を抱いていました。

しかし古今東西多くの覚醒したと言われるグルやマスター達の話しを聞いてみると、人間としてこの世に生きている以上、やはり限界というものはあり、どんなことでもできてしまったり、神羅万象あらゆることがわかったり、煩悩が全て完全になくなってしまうというものでもないようです。

アジズとフーマンの共著である「エンライトメント」でも、悟ったからなんでもできるようになる訳ではない、といったことが述べられています。悟ればこうなるはずだ、こういうものであるに違いないというのも、私たちの思い込みにすぎません。  http://amzn.to/ikHsin

「私は悟りから程遠い、まだまだである」というのも「私は悟った」といって傲慢になるのも、どちらも極端な見解であり、多くの人がどちらかの見解を抱いているでしょう。こういった極端な見解を超えて、あるがままにあることが悟りへ通ずるものであると感じます。
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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