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タントラへの道 菩薩の道 2

寛容(布施)

 概して〈超越した〉寛容は、仏教経典の研究の中で、自分よりも低いものに対して新設であることを意味するのだと誤解されている。

誰かが痛みや苦しみの中にあり、自分は優越した立場にいてその人を助けてやれる―――これは無邪気にも人を見くだしてしまう道だ。

菩薩にとって寛容とはそのように冷淡なものではない。
それは非常に堅固でパワーのあるもの、つまりコミュニケーションなのだ。


 コミュニケーションはいらだちを超越しなければならない。
さもなければ、茨の繁みに快適な寝床を作ろうとするようなものだ。

色彩やエネルギーや光の中に「染みとおる外の世界の性質が私たちに向かって押し寄せ、茨のとげが肌を刺すように私たちのコミュニケートしようとする試みの中に入りこんでくる。
私たちはそのひどいいらだちを鎮めようとし、それによってコミュニケーションは妨げられてしまう。


 コミュニケーションとは光を放つこと、受け入れること、そして心を交わすことであるはずだ。
そこにいらだちがあるかぎり、私たちは自分に向かってやって来るもの、コミュニェーションとしてさしだされているものの広がりある性質を、正確にじゅうぶんにそしてはっきりと見ることができない。

「いや、いや、これが自分をいらいらさせるのだ。消え失せろ!」と叫ぶ私たちのいらだちによって、外の世界はただちに拒絶されてしまう。

これは超越した寛容さとは正反対の態度だ。


 菩薩はいらだちや自己を守ろうとすることを超越して、寛容という完全なコミュニケーションを体験しなければならない。
さもなければ、とげが自分を刺そうとしているとき、私たちは自分が攻撃されているのだ、身を守らねばならないのだ、と感じてしまう。

私たちは自分に与えられたすばらしいコミュニケーションの機械から逃げだしてしまい、川の向こう岸をながめるだけの勇気すらもたなかった。
うしろに目を向けて逃げようとばかりしているのだ。


 寛容とは、どのような哲学的、信仰的あるいは宗教的な動機ももたずに、心から与え、開こうとすること。
あらゆる状況のあらゆる瞬間に、そこで必要とされることをただやること、あらゆることを恐れることなく受け入れることなのだ。

高速道路の真ん中にいても、心を開くことはできる。
スモッグやほこりや、人々の憎悪や情熱が自分を呑みこんでしまうのではないかと恐れることはない。

ただ開き、完全に身をゆだね、与えるのだ。

つまり、判断や評価を加えないことだ。もし自分の体験を判断、評価しようとしたり、どこまで開き、どこまで閉じたままでいるかを決めようとしたりするなら、開くこと自体が何の意味もなくなってしまう。

そして、パーラミターの理念、超越した寛容の理念はまったくむなしいものになる。そのとき、私たちの行為は何ものをも超越せず、菩薩の行為ではなくなってしまう。


 超越という考えに含まれる意味のすべては、限られた観念や限られた概念、そして、〈あれ〉に対する〈これ〉という戦いの心理をみとおすということだ。

私たちがある対象を見るとき、自分が正確にその対象を見ることを許そうとしないのが一般的な現象だ。
実際にあるがままに対象を見るのではなく、機械的に対象につけ加えた自分の解釈を見ているのだ。

私たちはものごとに対する自分自身の解釈を自分の中で作りあげて満足する。
そしてそれについて論じ判断をくだし、それを受け入れるか拒絶する―――しかしそこには真のコミュニケーションはまったく起こっていない。


 超越的寛容とは、何であろうと持てるものすべてを与えることだ。
その行為は完全に開かれ、完全に赤裸々なものでなければならない。

判断するのはあなたの側ではない。

受け取る意志を示すかどうかは受け取る側の問題だ。

あなたの寛容を受け入れる準備ができていなければ相手はそれを受け入れないだろう。

準備ができていれば向こうからやってきて受け取るだろう。
菩薩の無私の行為とはそういうものだ。

菩薩は、「何か間違いを犯してはいないだろうか?」「自分はじゅうぶんに用心しているだろうか?」「誰に対して開いたらいいのだろう?」というような自意識をもたない。

菩薩はけっして誰にも味方しない。

象徴的な言い方をすれば、菩薩は屍のようにただ横たわっている。
他の人々が自分をながめ、調べるにまかせる。菩薩は彼らの思いのままだ。

それほどに気高い行為、完全な行為。
どのような偽善も哲学的、宗教的な判断も含まない行為。

だからこそそれは超越している。
だからこそそれはパーラミターなのだ。
それは美しい。
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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