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タントラへの道  入門 その3  Q&A

Q―――自分の安全を守ろうとする試みを捨てることなどできそうにありません。
どうしたらよいのでしょう?


A―――それほど安全性を欲していながら、それを守ろうとしない試みは、ゲームやとんだ冗談になり、もうひとつの安全確保の方法にさえなってしまう。あなたは自分を見張ること、自分を見張る自分を見張ること、そのまた自分を見張ることにこだわりすぎている。
止むことが無い。

それは一般的な現象だ。


 あなたに本当に必要なことは、一切合財気にしないこと、きがかりのすべてを完全に落としてしまうことだ。

幾重にも重なり合った紛糾、つまりごく性能のよいウソ発見器と、ウソ発見器のウソ発見器を作り出すような複雑な機構は、きれいに取り除かれるべきだ。

安全を得ようとしてそれを得ると、次にはその安全の安全をも保証しようとする。
このような要素は、限界のない帝国にまで拡張されうる。
あなたが所有するのは、ささやかな一城であったとしても、その防衛線は地球全体を覆うまで、広がることができる。

もし、自分の安全を完璧に確保したいと望むならば、あなたは文字通り限りのない努力をしなければならないだろう。


 そこで、安全という概念を一切捨てること、そして、自分の安全をはかろうとする試みの虚実、重なり合った自己保全構造の虚実を見て取ることが必要だ。

見張り人の見張り人を放棄しなければならない。そのためには最初の見張り人、つまり自己保護の意図そのものを捨てるべきだ。



Q―――どの国籍をあげるべきかわかりませんが、例えば私たちがインド人だったら、あなたはこのような話しかたはされないのでしょうか?

 つまり、私たちが何かをすることを非常に重用視しているアメリカ人であるから、こういう話をされるのであって、もし、私たちが何もすることなく坐りこんでいる人間だったら、こういう話し方はされないでしょう。



A―――それは、大変おもしろい指摘だ。
私は教えが示されるスタイルは、聴衆が物質主義のスピードに巻き込まれている程度によって決まると思う。

アメリカは、きわめて反自然的な物質主義の極に達した。
しかし、この種のスピードに巻き込まれる可能性は、アメリカ人に限ったことでなく、世界的で普遍的なものだ。

もしインド人がアメリカの到達した経済発展段階に達して、人々が物質主義の極みに幻惑を感じはじめたら、このような講義を聴きに来るだろう。

しかし現在西洋以外の国では、人々はまだ物質主義のスピードに疲れきってはいない。

したがってこのような講義を聴きに来る聴衆はいないだろう。
人々は、依然として自転車を、そして次には車を買うために、せっせと貯金しているのだ。
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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