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ゾクチェンの教えより   自分を観察する

仏教僧は、戒律を捨てずに、十分ゾクチェンを修行できる。カトリックの僧侶、事務員、労働者にしても同じだ。社会的役割を捨てることなしにゾクチェンを修行することは、まったく可能なのだ。ゾクチェンは、外側から人を変えようとしないからだ。そうではなくて、内側から目を覚まさせるのだ。ゾクチェンのラマが言うことはただ一つ。自分を観察せよ、そして教えを日常生活で実践するための認識と知恵を獲得せよ、ということだ。


ゾクチェンの教え ページ17より


何らかの修行をするために、社会的役割を放棄しなければならない。ということを要求される場合もありますが、ゾクチェンにおいてはそういうことが無いようです。修行をする際に、外側から自分を変えようとしてしまうケースも多く見受けられますが、ゾクチェンはそういうものではなく、内側から覚醒していくもののようです。

よく外にある神やグルの力によって自分を変えてもらおうというケースがあります。それは一つの手段としてありかもしれませんが、本当の意味での覚醒に至るには、内側から目を覚ますこと、覚醒することということになると思います。

自分を観察すること、これはよく言われることがですが、ゾクチェンではそれが徹底されるのではないかと思います。これが根本にあって初めて覚醒していくことが可能となります。そして、日常と修行を分けてしまうことが多いわけですが、ゾクチェンではそういう区分が無意味のようです。教えを修行や瞑想中には認識し理解できるが日常ではできない、ということであれば意味がありません。常日頃から自分を観察していくことで、日常生活で教えを認識し知恵を獲得していくことがゾクチェンということになるのかと思います。
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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