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ゾクチェンの見解

徳を積むのか罪を重ねるのか、そのことが重要なのではない。ただあるがままに委ねることだ。心の本性に留まっていれば、修行者は何も業の痕跡を残すことはない。過去の行為を蓄積する土台が存在しないからだ。

それがゾクチェンの修行なのだ。穢れに有効な解毒剤を適用したり、否定的なものを捨てることはないのだ。そうした行為から離れるのが修行の成果なのだ。解毒剤を探し求めない。それが戒律だ。あらゆるものをあるがままに委ねる。心の本性の理解・無理解を計る物差しは存在しない。それは修行者の智慧の印である。

他にもこのような批判があるかもしれない。「ゾクチェンの見解には限界はないというが、行為を離れることが見解だとあなたはいいます。これは矛盾していませんか?」

この問いに関する答えは、行為を離れるという意味の中にある。ゾクチェンの見解からすれば、行為をするしないの意味ではないのだ。つまり心の本性に留まったままで、次に心に浮かんできた行為をただすることなのだ。教えを説明するためには、言葉を使わなければならない。見ることも、見ないことも、行為することも、行為しないことも、あらゆるものは自発的に解き放たれていく。的はずれな考えもないし、正しい考えもない。つまり、そんなことを気に掛けないのだ。

智慧のエッセンス ボン教のゾクチェンの教え



ここにあることは何となくはわかるが、まだ本当の意味でわかったとは言えない。もっと精進し、この神髄を掴みたいものである
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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