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密教を行ずるうえで


私は三宝に帰依します。
あらゆる悪い行いを懺悔します。
命ある者の徳を敬います。
そしてこの心で「仏の祈りを得るのです。

これによって顕教・密教両方の修行に共通な菩薩の誓戒が得られる。


一行目では、「仏陀」「仏陀の教え」「僧」の三宝への帰依を示します。
二行目は、あなたが始まりのない昔から積んできた悪い行いを「懺悔」します。
三行目は、心の底から嫉妬心や競争心をなくして、自分や他人の良い行いを崇拝(随喜)します。
四行目では、帰依と懺悔と随喜をすでに行ったあなたが、何が起ころうともあらゆる命あるもののために「仏陀の境地」を得よう、そしてそのためには菩薩戒を受けて、正しく修行しようと決意(発心)します。

しかし、これらを実行できないと感じている人は無理に菩薩戒を受ける必要はありません。この素晴らしい「他のものの幸福のために悟りを目指す心」を起こすこと(発菩提心)こそが重要なのです。菩薩の戒を二度目に唱えるときには「他のものの幸福のために悟りを得よう」「菩薩戒を受けよう」「菩薩の行いをなそう」という決意をさらに強くします。

三度目に最後の行を唱えるときには、清浄な菩薩戒があなたの「精神の連続体」に生まれたことを、ただひたすら念じます。

シャーンティデーヴァは「菩薩行への道」の中で、「他のもののために悟りを得よう、と願っただけでも大きな意義がある」と説いています。菩薩戒を受け、それにもとづいて菩薩行を修行することには、さらに素晴らしい効果があることは言うまでもありません。

ダライ・ラマの密教入門より




最近ダライ・ラマの密教入門を読み返しているが、これはタントラの中でも最高峰である、無上ヨーガタントラの、カーラチャクラタントラ(時輪タントラ)の灌頂を公開しているという、恐るべき書籍である。このような内容を公開して良いのかと思うほどだが、現在ではおそらく絶版になっているか、仮になっていなかったとしても、書店で見かけることもない。

チベット密教においては、密教を行ずる動機としては、利他心にもとづいたものであることが重要とされる。それが根本にないと、密教を実践する資格がないのが本来である。そこで菩薩の戒をさずかることが、基本としてある。

まずは三宝に帰依をするが、これは三宝に縛られるのではなく、菩薩行を行うために、その実践をすることを確立していくための帰依である。

次に懺悔を行うが、懺悔は大切なことで、私たちは色々と悪業をなしてきた。それはそれでしっかりと認め、少しでも浄化をしていくことが大切である。

そして、嫉妬心をなくし、他の素晴らしい点を喜び崇拝する。これもまたなかなか難しい。自分の悪い点も認めたくないものだが、他人の良い要素もなかなか喜んだりすることができないものである。また嫉妬心は非常にやっかいで、それが私たちの成長を非常に妨げる。これを克服していくのは難しいことだが、とても大切なことである。

最後には菩薩行を行っていく決意である。段階を進めていくと、決意をするまでもなく自然に実践できるが、途中では決意を行わないと、人間は根本的に怠惰だから、どうしても堕落してしまう。ベクトルをしっかりと定めていくためにも、決意をまず行うことは欠かせない。

こういった戒をさずかったら、一過性のものにとどめず、本来はずっと心にとどめ実践していくことが、本来のありようである。それができる魂は多くはないだろう。しかし、そうしようと決意し、努力している人々が存在することもまた間違いのないことである。私もこのような決意を常にし続けていきたいと思う。

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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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