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大乗の四つの信の理論

この解釈学的なアプローチで重要なのは、大乗の四つの信の理論です。それは、①師ではなく教えに対する信、②言葉の表現ではなくその意味に対する信、③一時的な意味ではなく真実の意味に対する信、④知識ではなく深い体験から生まれる超越的な智慧に対する信からなります。

四信の理論の一番目は、教えを聴いたり論書を読んだりするとき、そこで述べられていることの妥当性を、語り手の名声や財産、地位、権力にもとづいて判断すべきではなく、教えそのものの価値にもとづいて判断すべきだということです。二番目の理論では、著作の判断は文章の形式によってではなく、主題についてどれだけしっかり論じているかによって行うべきだと言っています。三番目の理論は、命題の妥当性について考えるときは、その一時的な意味ではなく、究極的に言わんとしている内容によって、判断すべきだと命じています。最後に、四番目の理論は、真理を信頼する場合、経験を通して獲得した智慧と理解の力にもとづくべきであり、理論的知識だけに頼ってはいけないと述べているのです。このアプローチの妥当性を示す証左となる一節を、ブッダ自身の言葉の中に見いだすことができます。彼は次のようにすすめています。

  おお、比丘たち、そして賢者達よ、
  あたかも金職人が、
  焼いて、切って、擦って、金を試すように、
  私の言葉を、吟味して、受け取りなさい。
  私への崇拝の念だけで受け取ってはいけない。


宇宙のダルマ ダライ・ラマ十四世著より



何らかの信仰を持っている人や、精神的な実践を行っている人は、よく師が語っているからとか、あの人が語っているからという理由で、信じ込んでしまう人も少なくない。しかし、それは本来の仏教的な観点から見ると、誤っている。ブッダ自身が自分への崇拝の念から信じるのではなく、内容を吟味することが重要であると語っている。私たちはこのことを、よく肝に銘じておく必要があるだろう。

またよく知識ばかりが先走り、深い洞察や体験に基づかないものが根底になっている人もいる。そういう人は自分は真実を理解しているつもりになっていますが、底の浅いものである。頭だけで真理を理解したつもりにはならないことも大切だろう。

そして、言葉の表面の意味にとらわれることなく、よく言葉を吟味し、深い意味合いを体得していくことが重要である。「これはもうわかった」としてしまうことは問題がある。特に真理に関することは、表面だけの理解にとどまっていては、かえって危険でもある。

大乗の四つの信の理論は、真実を探求する者にとって、とてもよい指針となることであろう。
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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