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ゾクチェン

ゾクチェンの修行の真髄は〈テクチュー〉と〈トゥゲル〉というふたつの行から成り立っている。このふたつは中有のなかで起こることを深く理解するうえで欠くことのできないものである。だが、ここではその概略をごく簡単に紹介することしかできない。完全な説明は、弟子が全身全霊をこめて教えに打ち込み、ある程度の段階に達したときに初めて、師から弟子への伝授によってのみなされうるものなのだ。わたしが本章において説明してきたことは、テクチューの行の核心部に相当するものである。
 
テクチューとは、烈しい一撃によって迷いを一刀両断することを意味する。ナイフがパターを切り裂くように、空手使いが積み上げたレンガを打ち砕くように、明知の〈見解〉の断固たる力が迷いを断ち切るのである。まるで要石を吹き飛ばされたかのように、迷妄の幻の伽藍が崩れ落ち、迷いが断ち切られ、心の本質の原初の純粋さが、自然な単純さが姿を現すのである。

師は、テクチューの行によってあなたのなかに十分な下地ができたと判断したとき、あなたをさらに高度な行、トゥゲルに導く。トゥゲルの行者は、あらゆる現象のうちに本来そなわっている、すなわち遍在している、〈光明〉に直接働きかける。トゥゲル独自の途方もなく強力な行法をもちいて、自己の内側に〈光明〉を発現させるのである。

トゥゲルの特徴として即時性をあげることができる。豁然(かつぜん)と悟るのである。はるかな頂上をめざして山々を経巡るのではなく、一足飛びに頂上へとジャンプするのだ。トゥゲルの威力はすさまじく、人は一生のうちに悟りのさまざまに異なる次元をことごとく実現することすらできる。(『チベットの生と死の書』ソギャル・リンポチェ著 講談社 一九九五年 二八六頁ー二八七頁



ゾクチェンは日本でも知られてきているが、まだその全容を知るものはほとんどいないだろう。ここにあることは、まだ私も体験していないことである。

迷いを瞬時に打ち砕き、一気に光明に至る。その境地は素晴らしいものであろう。何となく想像はつくが、体得しなければ意味はない。私もいずれは到達できるのだろうか?その時が来ることを信じたい。

これは全く私の個人的な考えでしかないが、ここで言われている<光明>の境地は、今ここにとどまっていることではないかと思う。もちろんこれで全てではないだろう。しかし過去も未来もなく、今ここにあることが、ゾクチェンでいう<光明>の境地ではないかという思いは、私の中に強くある。これが真実か否か、それはいずれわかることであろう。
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唯我独存

Author:唯我独存
ヨーガ・瞑想暦20年ほど。レイキマスター。日々この瞬間を大切にすることをモットーとする。気付き、寛ぎ、ハートの三つから、今ここにあることを体得し、それを伝えていこうとしている。

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